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横浜地方裁判所 昭和61年(行ウ)16号 判決 1987年3月25日

原告

米本幸平

原告

米本岩男

右法定代理人親権者父

米本幸平

同母

米本フヂ子

右原告ら訴訟代理人弁護士

齋藤昌男

元木祐司

中町誠

被告

神奈川県知事

長洲一二

右指定代理人

中西茂

外六名

被告

横浜市建築主事

若菜久夫

右訴訟代理人弁護士

塩田省吾

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告神奈川県知事(以下「被告知事」という。)が昭和六〇年一〇月二九日付けでした別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を含む一帯の地域(以下「本件地域」という。)を第一種住居専用地域から住居地域に変更する旨の用途地域の変更決定(以下「本件用途地域変更決定」という。)を取り消す。

2  被告横浜市建築主事(以下「被告建築主事」という。)が昭和六一年六月五日付けで訴外藤和不動産株式会社(以下「訴外会社」という。)に対してした本件土地を建築予定地とする建築確認(六〇緑―二四三一。以下「本件建築確認」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの本案前の答弁

主文と同旨

三  被告らの本案に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (被告らの処分及び審査請求経由)

(一) 被告知事は、昭和六〇年一〇月二九日付けで本件地域を第一種住居専用地域から住居地域に変更する旨の本件用途地域変更決定をした。

(二) 被告建築主事は、右の本件用途地域変更決定を踏まえ昭和六一年六月五日付けで訴外会社に対し、訴外会社において本件地域内の本件土地上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築する計画が建築関係規定に適合する旨の本件建築確認をした。

(三) 原告らは、横浜市建築審査会に対して本件建築確認の取消しを求める旨の審査請求をしたが、同審査会は、昭和六一年七月一五日付けで原告らの審査請求を却下する旨の裁決をした。

2  (原告適格)

(一) 原告米本幸平(以下「原告幸平」という。)は、本件地域に隣接する別紙物件目録(一)記載の建物(以下、その全体を「東急クリエール藤が丘」といい、その専有部分を「原告ら居住建物」という。)の区分所有者であり、子である原告米本岩男(以下「原告岩男」という。)を含む家族で同建物に居住している。

(二) 原告岩男は、昭和五七年六月生まれの幼児であるが、生まれたときからダウン症候群にかかつており、運動機能が一八か月、手先機能が一五か月、理解度言語能力が一〇か月である。このため、原告岩男は、通常人以上に、日照のあたる安全な室内での運動を必要としている。

(三) 原告らは、昭和六〇年三月に原告ら居住建物に転居してきたが、その理由は、①同建物の売主である株式会社東急百貨店から、「同建物の前の空地、すなわち、本件土地上には、二階以上の建物、高さ一〇メートル以上の建物は建たない。」との説明をきいていたこと、②原告岩男のようなダウン症候群児は容態が急変することがあるので同児にとつては病院が近くにあることが望ましいところ、同建物から徒歩数分のところに昭和大学藤が丘病院があること、③同建物には幅三メートルのベランダがあつて、原告岩男がそこで運動ができることであつた。

(四) ところで、原告ら居住建物は、住居地域内にあるが、隣接する本件土地を含む本件地域に本件用途地域変更決定がなされたことによつて、本件土地上に地上五階建ての本件建物が建築されることとなり、これにより、原告ら居住建物は、冬至において午前七時ころから同九時一五分ころまでの間の日照を奪われ、午後零時三〇分ころには日照がなくなるので、冬至におけるその総日照時間は、約三時間一五分しかないことになる。そして、本件土地を含む本件地域が本件用途地域変更決定前のように第一種住居専用地域であるならば、建築基準法五五条一項により、本件土地上の建築物の高さが一〇メートルを超えられないことになるので、このような日照被害は、生じないものである。

したがつて、原告らは、本件用途地域変更決定及び本件建築確認に基づく本件建物の建築により以上のような日照被害を被るが、とりわけ、前記のような疾患のある原告岩男は、重大な権利又は利益の侵害を受けるものである。したがつて、原告らは、右各処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

3  (本件用途地域変更決定の違法性)

本件用途地域変更決定には、次のとおりの重大かつ明白な瑕疵があつて、同決定は違法又は無効である。すなわち、

(一) 本件用途地域変更決定は、都市計画法(以下「法」という。)一条、二条等都市計画関係法令が示す目的に沿わない瑕疵がある。

本件土地は傾斜地にあり、同傾斜地が連なる一帯は総て高さ一〇メートル以下の住宅だけからなり、本件土地自体も一〇メートル以下の住宅が建つように区画されている。このような第一種住居専用地域たる本件地域につき、第二種住居専用地域を飛び越えて住居地域に変更するのは、都市計画の本来の目的に沿つていない。

(二) 本件用途地域変更決定は、法一六条一項に違反して関係住民の意見を聴かなかつた瑕疵がある。

本件用途地域変更決定に係る公聴会の開催日程は、昭和六〇年四月の「広報よこはま」に掲載されて住民に知らされる措置がとられたが、原告ら居住建物のある東急クリエール藤が丘居住者には、同広報が配布されなかつた。このため、原告らは、本件用途地域変更決定に係る公聴会の開催日程を知らされず、同公聴会において、意見を述べる機会を与えられなかつた。

(三) 本件用途地域変更決定は、明確な基準に基づいてなされたものではなく、また、訴外会社に奉仕するためになされた疑いがあつて、違法である。

用途地域変更案は、従来、住民やその自治会からの申し出に基づいて作成されるのが通例であるところ、本件用途地域変更決定に係る変更案は、住民やその自治会からの申し出に基づいて作成されたものではなく、横浜市都市計画課の独自の素案に基づいて作成されているもので、明確な基準に基づいて作成されたとはいえない。

また、本件土地をめぐつては、①昭和六〇年二月八日、訴外会社が本件土地につき所有権移転のための仮登記を経由し、②同年一〇月二九日・被告知事が本件用途地域変更決定の告示をし、③同月三〇日、訴外会社が本件土地につき所有権移転登記を経由し、④同年一一月八日、訴外会社が「予定建築物概要」を提出したという事実経過があり、これに照らすと、本件用途地域変更決定は、訴外会社に奉仕するためになされた疑いがある。

(四) 本件用途地域変更決定は、同じような状況にある地域との比較において平等の原則に反し、違法である。

4  (本件建築確認の違法性)

本件建築確認は、違法又は無効な本件用途地域変更決定に基づき、本件土地が住居地域であることを前提としてなされたものであるから、違法である。すなわち、本件用途地域変更決定は、前記のとおり違法又は無効であるから、本件土地は、従前どおり第一種住居専用地域内にあることになる。そして、建築基準法五五条一項によれば、第一種住居専用地域内においては建築物の高さは一〇メートルを超えてはならないとされている。しかるに、本件土地上に建築される本件建物は、高さ一〇メートルを超えるものであるから、本件建物は、建築関係規定に適合しないことが明らかである。

5  よつて、原告らは、被告知事に対して本件用途地域変更決定の取消しを、被告建築主事に対して本件建築確認の取消しをそれぞれ求める。

二  被告らの本案前の主張

(被告知事)

原告らの被告知事に対する本件訴えは、以下のとおりの事由により不適法であるから、却下されるべきである。すなわち、

1 (処分性の欠如)

本件用途地域変更決定は、法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてなされたものであるが、右決定は当該地域内の不特定多数の者に対して一般的抽象的に建築基準法上の制約に変動を生ぜしめるにすぎず、特定の個人に対して具体的な権利変動を生ぜしめるものではない。したがつて、本件用途地域変更決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しない。

2 (原告適格の不存在)

原告らは、原告ら居住建物に隣接する本件土地を含む本件地域に対する本件用途地域変更決定により本件土地における建物の建築に関する規制が緩和され、本件土地に高層建物が建てられることになり、これによつて原告らが日照被害を被るので、右決定の取消しを求める利益を有する旨主張する。

しかし、都市計画における用途地域の指定又は変更は、都市の健全な発展と秩序ある整備という公益の実現を目的とする都市計画の一環として定められるものであつて、当該地区内の特定個人に特定の権利を付与し、あるいは特定の義務を免除するためになされるものではなく、まして、当該地区外の特定個人の特定の利益を保護する目的でなされるものではない。

したがつて、原告らの主張する利益が害されたとしても、反射的利益を害されたにすぎないものというべきであり、原告らは、本件用途地域変更決定の取消しを求めるについて原告適格を有しない。

3 (出訴期間徒過)

仮に、本件用途地域変更決定が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしても、原告らは、同決定の告示された後である昭和六〇年一二月一七日付けで横浜市長に対し、同決定に関する上申書を提出しており、遅くとも同日には同決定のあつたことを知つていた。そして、同日から本訴提起(昭和六一年八月一五日)までに既に三か月以上経過しているから、本訴は、出訴期間を徒過している。

(被告建築主事)

原告らの被告建築主事に対する本件訴えは、以下のとおり原告らが本件建築確認の取消しを求める原告適格を有しないので、不適法であるから、却下されるべきである。すなわち、

行政処分の取消訴訟は、その処分の法的効果として自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限り原告適格が認められるところ、その権利利益とは、処分がその本来的効果として制限を加える権利利益のみならず、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として、行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益を含むものである。したがつて、これを原告らが問題とする日照被害を理由とする建築確認取消訴訟についてみると、この場合において原告適格を基礎付けるに足りる日照被害とは、その被害が建築基準法五六条の二の定める基準又は受忍限度を超える程度のものでなければならないと解すべきである。そこで、同条の二についてみると、日影による中高層建築物の高さの制限は地方公共団体の定める条例に委ねられているところ、横浜市においては、同条の二に基づく条例を制定しておらず、横浜市日照等指導要綱(以下「本件要綱」という。)による日照規制の運用をしている。そして、本件要綱は、住居地域において確保すべき日照時間を、冬至における午前九時から午後三時までの間の三時間と定めている。

ところで、原告らの居住建物は住居地域内にあり、同建物の右日照時間は本件建物が建築されても約三時間一五分は確保されるのであるから、本件建物が建築されることにより原告らが被る日照被害は、本件要綱によつて確保された日照時間を侵害される程度のものではない。そのうえ、都市にあつては、生活様式の変化や消費水準の向上、科学の発展による代替的手段の開発等により、日照を享受できないことによる損害を相当程度緩和し又は回避しうるようになりつつあること、原告ら居住建物の近所には公園等が設置されていることなどを考慮すると、本件建物が建築されることにより原告らが被る日照被害は、受忍限度を超えるものではない。

よつて、原告らは、本件建築確認の取消しを求める法律上の利益を有するものではない。

三  請求の原因に対する認否

(被告知事)

1 請求原因1のうち、(一)及び(二)の事実は認め、(三)の事実は不知。

2(一) 同2(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は不知。

(三) 同(三)のうち、原告ら居住建物から徒歩数分のところに昭和大学藤が丘病院があることは認め、その余の事実は不知。

(四) 同(四)のうち、原告ら居住建物が住居地域内にあること、原告ら居住建物が本件土地に隣接し、本件土地が本件地域に含まれることは認め、その余の事実は不知。

3(一) 同3柱書の主張は争う。

(二) 同(一)のうち、本件土地が傾斜地にあり、同傾斜地が連なる一帯が低層住宅からなることは認め、本件土地が一〇メートル以下の住宅が建つように区画されていることは不知、その余の主張は争う。

(三) 同(二)のうち、本件用途地域変更決定に係る公聴会の開催日程が、昭和六〇年四月の「広報よこはま」に掲載されて住民に知らされる措置がとられたことは認め、原告ら居住建物のある東急クリエール藤が丘居住者には、同広報が配布されなかつたことは不知、その余の主張は争う。

(四) 同(三)のうち、本件用途地域変更決定に係る変更案が住民やその自治会からの申し出に基づいて作成されたものではないこと及び②の事実は認め、①、③及び④の事実は不知、その余の主張は争う。

(五) 同(四)の主張は争う。

4 同4及び5は争う。

(被告建築主事)

1 請求の原因1の事実は認める。

2(一) 同2(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は不知。

(三) 同(三)のうち、原告らが昭和六〇年三月に原告ら居住建物に転居してきたこと、同建物から徒歩数分のところに昭和大学藤が丘病院があること及び同建物にはベランダがあることは認め、その余の事実は不知。

(四) 同(四)のうち、原告ら居住建物が、住居地域内にあること、原告ら居住建物が本件土地に隣接し、本件土地が本件地域に含まれること、本件土地上に本件建物が建築されることにより、原告ら居住建物が冬至において午前七時ころから同九時一五分ころまでの間の日照を奪われ、午後零時三〇分ころには日照がなくなるので、冬至におけるその総日照時間が、約三時間一五分しかないことになることは認め、その余の主張は争う。

3(一) 同3柱書の主張は争う。

(二) 同(一)のうち、本件土地が傾斜地にあり、同傾斜地が連なる一帯が低層住宅からなることは認め、本件土地が一〇メートル以下の住宅が建つように区画されていることは不知、その余の主張は争う。

(三) 同(二)のうち、本件用途地域変更決定に係る公聴会の開催日程が、昭和六〇年四月の「広報よこはま」に掲載されて住民に知らされる措置がとられたこと及び原告ら居住建物である東急クリエール藤が丘居住者には、同広報が配布されなかつたことは認め、その余の主張は争う。

(四) 同(三)のうち、本件用途地域変更決定に係る変更案が住民やその自治会からの申し出に基づいて作成されたものではないこと、横浜市都市計画課の独自の素案に基づいて作成されているものであること及び①ないし④の事実は認め、その余の主張は争う。

(五) 同(四)の主張は争う。

4 同4及び5は争う。

四  被告建築主事の主張

本件用途地域変更決定は、次のとおり、適法になされたものであるから、本件土地が住居地域であることを前提にしてなされた本件建築確認も適法である。すなわち、

1  (用途地域変更決定の性格等)

法によれば、都道府県知事は、おおむね五年ごとに都市計画に関する基礎調査をし(六条)、同調査に基づく地域の現況及び推移を勘案して、総合的に整備、開発及び保全の必要のある区域を都市計画区域として指定し(五条)、用途地域を決定する(八条)こととされている。

そもそも、都市計画は、将来の都市のあり方の理想像に基づき、都市の骨格を形成するところの都市施設の配置、都市内の各部分の土地の利用のあり方等について定めるいわゆる総合的な街づくりの計画であつて、その総体は高度に合目的な行政的技術裁量によつて、成り立つものである。そこで、建設省は、用途地域の決定についての裁量権の行使が恣意にわたらないように昭和四七年四月二八日付けで「用途地域に関する都市計画の決定基準」と題する通達を発している。

被告知事は、法及び右通達に基づき、用途地域の決定や変更決定をしているものであるが、原告ら主張のように、第一種住居専用地域から住居地域に変更してはならないというものではなく、また、住民やその自治会からの申し出に基づかなければ用途地域の決定や変更決定ができないというものでもない。

2  (本件用途地域変更決定の事情)

本件地域は、国道二四六号線と都市高速鉄道田園都市線とに挟まれた市街地で、同田園都市線藤が丘駅から歩いて二、三分の所にあり、西側は近隣商業地域、南及び北側は住居地域、東側は第一種住居専用地域にそれぞれ接し、都市施設として、右藤が丘駅のほか藤が丘駅前公園、昭和大学藤が丘病院が隣接するうえ、公園、小中学校、保育園、消防署などが近在し、その生活環境が良好である。そして、右藤が丘駅周辺は近来人口が急増したため、本件地域の住宅も増え、しかも、その半数以上が店舗や共同住宅で占められるようになり、その環境の整備開発及びその保全の必要性が高まつていた。

そこで、被告知事は、本件地域の現況、推移及び周辺地域の状況を勘案し、横浜市都市計画審議会の答申を受けて、本件地域につき本件用途地域変更決定をしたものである。

3  (公聴会について)

法一六条一項の規定する公聴会開催手続は、相手方の弁明を聴き、証拠を提出させるような司法手続ではなく、広く住民の意見を聴き用途地域決定等の参考に供するといういわば立法手続的性格を有するものであり、住民の意見書も都市計画審議会に提出されるにすぎず、その意見書には行政庁は拘束されない。そして、同公聴会の開催は、自由裁量である。

しかも、原告らは、本件地域に居住していないから、本件用途地域変更決定によつて、何らの法律上の制約をうけるものではない。

そうすると、原告らが本件用途地域変更決定に係る公聴会において意見を述べる機会が与えられなかつたとしても、同決定が違法となるものではない。

五  被告建築主事の主張に対する認否

1  「被告建築主事の主張」欄柱書の主張は争う。

2  同1のうち、第一及び第二段の主張は争わず、第三段の主張は争う。

3  同2のうち、本件地域が、国道二四六号線と都市高速鉄道田園都市線とに挟まれた市街地であること、都市施設として、同田園都市線藤が丘駅のほか藤が丘駅前公園、昭和大学藤が丘病院が隣接するうえ、公園、小中学校、保育園、消防署などが近在し、その生活環境が良好であることは認め、その余は争う、

4  同3のうち、法一六条一項の規定する公聴会の開催が自由裁量であることは争わず、原告らが、本件地域に居住していないことは認め、その余の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一被告知事に対する本件用途地域変更決定取消しの訴えについて

被告知事が本件用途地域変更決定をしたことは原告らと被告知事との間で争いがない。そこで、まず、被告知事のした本件用途地域変更決定の取消しを求める訴えの適否につき判断する。

都市計画区域内において住居地域を指定する決定は、法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条三項、五二条一項三号、五三条一項二号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地域内の土所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけるのと同様の当該地域内の不特定多数に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない(最高裁判所昭和五三年(行ツ)第六二号、同五七年四月二二日第一小法廷判決・民集三六巻四号七〇五頁参照。)。

そうすると、被告知事のした本件用途地域変更決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらないと解するのが相当であるから、その取消しを求める原告らの訴えは、不適法というほかない。

二被告建築主事に対する本件建築確認取消しの訴えについて

被告建築主事が本件建築確認をしたことは原告らと被告建築主事との間で争いがない。そこで、まず、被告建築主事のした本件建築確認の取消しを求める訴えの適否につき判断する。

1  行政処分の取消訴訟は、その取消判決の効力によつて処分の法的効果を遡及的に失わしめ、処分の法的効果として個人に生じている権利利益の侵害状態を解消させ、右権利利益の回復を図ることをその目的とするものであり、行政事件訴訟法九条が処分の取消しを求めるについての法律上の利益といつているのも、このような権利利益の回復を指すものである。したがつて、処分の法的効果として自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限つて、行政処分の取消訴訟の原告適格を有するものというべきであるが、処分の法律上の影響を受ける権利利益は、処分がその本来的効果として制限を加える権利利益に限られるものではなく、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益もこれに当たり、右の制約に違反して処分が行われ行政法規による権利利益の保護を無視されたとする者も、当該処分の取消しを訴求することができると解すべきである。そして、右にいう行政法規による行政権の行使の制約とは、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものである(最高裁判所昭和五七年(行ツ)第一四九号、同六〇年一二月一七日第三小法廷判決・判例時報一一七九号五六頁参照。)。

そこで、これを建築基準法六条一項の規定する建築確認の取消訴訟についてみるに、右の建築確認は、同項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係規定」という。)に適合してことを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果が付与されており(同条五項)、建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的とした行政処分であるが、同法五六条の二等の規定に照らせば、建築確認において建築物の出現により侵害の生じうる近隣住民の日照を亨受する利益は、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益に当たるものといえる。もつとも、日照を亨受する利益といつても、その内容には広狭の幅があるところ、元来この利益は、絶対不可侵のものではなく、地域の実状や建築物相互の位置関係等から一定程度の侵害を相互に受忍しなければならない性質のものであるから、建築確認に係る建築物の近隣住民は、当該建築物の出現により被る日照を享受する利益の侵害が受忍限度を超える程度に至つたときにはじめて、当該建築確認の取消しを求めるについての法律上の利益を有する、すなわち、原告適格を有するものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、原告ら居住建物は住居地域内にあるが、隣接する本件土地を含む本件地域が第一種住居専用地域から住居地域に変更されたことにより、本件土地上に地上五階建の本件建物が建築されることとなり、これにより、原告ら居住建物は冬至において午前七時ころから同九時一五分ころまでの間の日照を奪われ、午後零時三〇分ころには日照がなくなるので、冬至におけるその総日照時間は午前九時一五分これから午後零時三〇分これまでの約三時間一五分になること、本件地域は、国道二四六号線と都市高速鉄道田園都市線とに挟まれた市街地であり、都市施設として、同田園都市線藤が丘駅のほか藤が丘駅前公園、昭和大学藤が丘病院が隣接するうえ、公園、小中学校、保育園、消防署などが近在し、その生活環境が良好であることは当事者間に争いがない。

右事実に加えて、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告らの居住する東急クリエール藤が丘は、住居地域内にあり、地上七階建て、総戸数一一九戸のマンシヨンであり、その二階に原告ら居住建物があること、

(二)  本件建物は、地上五階建てのマンシヨンであり、幅員六・五メートルの道路を挾んで東急クリエール藤が丘の南側に建築される予定であるが、その敷地面積も建築延床面積も、東急クリエール藤が丘よりはるかに少ないこと、

(三)  東急クリエール藤が丘の所在する地域は、国道二四六号線と都市高速鉄道田園都市線とに挟まれた市街地で、渋谷から同田園都市線で三〇分前後の同線藤が丘駅から歩いて数分の所にあり、北側は国道二四六号線、西側は近隣商業地域、南側は本件地域にそれぞれ接し、都市施設として、右藤が丘駅のほか藤が丘駅前公園、昭和大学藤が丘病院が近接するうえ、公園、小中学校、保育園、消防署などが近在し、その生活環境が良好であり、右藤が丘周辺は近来人口が急増していること、

(四)  原告ら居住建物は、当初から、東急クリエール藤が丘の他の専有部分自体の日影によつて、冬至において午後零時三〇分ころには日照がなくなるように設計建築されていたが、本件土地上に本件建物が建築されることにより、冬至において午前七時ころから同九時一五分ころまでの間の日照を奪われることになり、冬至における総日照時間が、約三時間一五分になること、しかし、春秋分においては、本件建物による日照侵害が全くないこと、

(五)  建築基準法五六条の二は、日影による中高層建築物の高さの制限を地方公共団体の定める条例に委ねているところ、横浜市においては、同条の二に基づく条例を制定しておらず、横浜市日照等指導要綱(本件要綱)による日照規制の運用をしていること、

本件要綱は、住居の一以上の居室の開口部につき確保すべき日照時間を、住居地域においては、冬至における午前九時から午後三時までの間の三時間とする旨定めていること、

(六)  東急クリエール藤が丘の居住者は、昭和五九年一〇月ころ株式会社東急百貨店からその各専有部分を購入し、同六〇年三月ころ入居したが、購入前に同百貨店から「東急クリエール藤が丘の南側にあたる本件地域が第一種住居専用地域であるので、一〇メートル以上の建物が建たない。」旨の説明を聞いていたこともあつて、入居後しばらくして本件建物の建築計画があること及び本件用途地域変更決定があつたことを知るや、本件建物の建築に反対するため、原告幸平を含む七名を代表者とする「東急クリエール藤が丘管理組合内環境保全委員会」を組織して、同百貨店及び訴外会社に対する交渉等並びに横浜市長に対する上申書の提出などの活動を始めたこと、そして、原告幸平を除く六名を代表者とする「東急クリエール藤が丘管理組合内環境保全委員会」は、同六一年二月一五日には訴外会社等との間で、工事協定書を作成して、本件建物の建築工事に伴う振動、騒音等並びに本件建物が建築されることによつて生じうる電波障害及び風害に関しての合意をし、本件建物建築についての一応の解決をしたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、確かに、原告ら居住建物は、本件建物が建築されることにより、冬至において午前七時ころから同九時一五分ころまでの二時間一五分の間の日照を奪われることになり、冬至における総日照時間が、約三時間一五分になるが、横浜市において運用されている日照規制に示された日照時間(三時間)を侵害される程度のものではなく、また、春秋分においては、本件建物による日照侵害が全くないうえ、原告ら居住建物は、その用途地域が住居地域であり、都心からの交通の便もよく、至近駅からの距離も近くて利便性が高いものであり、東急クリエール藤が丘の他の居住者は、訴外会社との間で、工事協定書を作成して、本件建物建築についての一応の解決をしていることなどを考慮すると、本件建物が建築されることにより原告らが被る日照被害は、受忍限度を超えるものではないと認めるのが相当である。

なお、<証拠>によれば、原告岩男が昭和五七年六月一一日生まれの男児であり、ダウン病候群にかかつていることが認められるが、この事実を斟酌しても、本件建物が建築されることにより原告岩男が被る前記の程度の日照被害は、受忍限度を超えるものであるとはいえない。

3 そうすると、原告らは、被告建築主事のした本件建築確認の取消しを求めるについての法律上の利益を有するとはいえない。すなわち、本件建築確認の取消しを求める原告らの訴えは、原告適格を欠く者の訴えとして不適法というほかない。

三よつて、本件訴えは、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも不適法であるのでこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官岡光民雄 裁判官橋本昇二)

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